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大嫌いな父


もう一生会うことはないだろうと思っていた。

きっとあっちから何かアクションを起こすこともないだろうし、私からも何もすることはない。

だから「危篤だ」と知らせがあろうが、「葬式だ」と知らせがあろうが、私は会いに行く気はなかった。


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父と最後に話をしたのは電話だった。

父からかかってきた電話に出たら、いつものように一方的に怒鳴りつけられて、いつものように私の言い分は一切聞きもせず、いつものように私が悪いと攻め立てられた。

社会人になり、父の元を離れ、結婚してからもまだなお、父は私が自分の思い通りにならなければ気が済まないようだった。


許容量を超えてしまったのかもしれない。


こんなことをこれから先も、一生、ずっと言われ続けなければならないのか。

うんざりだった。いい加減にしてくれと思った。

それから父とは話をしていない。会ってもいない。実家にも帰っていない。


あれから10年経った。


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母と連絡を絶ったのはいつだったっけ?


他のきょうだいと差別されるのが嫌だった。


私なんて生まれてこなければよかったのに。私はなんで生まれてきたの。死にたい。

初めてそう思ったのは小学生の時だった。


母は私に興味がなかった。

母は元々子供が好きではなかったらしい。

「自分の子供は別だ」と言っていたけど、元来子供が好きではないからなのか普通の母親とは違っていた。

他の子のお母さんがするようなことはしてくれなかったし、他の子のお母さんがしないようなことをする。


母親から「愛されてる」と感じたことがない。


うちの母親にとっての子育てって、「義務」みたいな感じじゃなかったんだろうかと思う。

私が学校で苛められて登校拒否をした時も、ずる休みだと分かっていて母は私に一度も学校を休む理由を聞かなかった。

「休むんなら学校には自分で電話しなさいよ」

母が言うのはいつもそれだけだった。


私は母に心配をかけさせたくなかったから虐められたことを黙っていた。

20代になってから、あの時実は苛められていたと話をしたけど、母から返ってきた言葉は「へぇーお母さんだったらお母さんに相談するけどね」と、それだけだった。


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仕事もろくにしないで理不尽に暴力をふるう父。 

これまで私は父とちゃんと会話をしたことがない。

一度だけ、父親が酔っ払ったときに「お前には厳しくしすぎた」とポロっとこぼしたことがあったけど、翌日からはいつも通りの身勝手な父親に戻った。


父も母も私のことが嫌いだったようで、他のきょうだいと比べ私に対する扱いが違った。

自分だけが何でこんな扱いを受けなければならないのかと、本当に辛かった。


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母に、父と離婚してほしいとお願いしたことは何回もあった。

でも母はいつも何かしら理由をつけて別れてくれなかった。


「お義母さん(私から見て祖母)を看取ったら」 「一番下の子が義務教育を終えたら」

さすがに三度目の理由を口にした時に、あぁ、別れる気はないんだなと思った。

仕事をしなくても、殴られても蹴られても物を投げつけられても、何度裏切られても、勝手に借金作られても、そんな父から逃れようとせず、母は現状を変えようとしなかった。いつも同じことの繰り返し。


三人の子供を養う自信がなかったんだろう。努力もしたくなかったんだろう。

三人の子供が巣立った後も、自分自身の生活ですら自分の稼ぎだけでは無理だと言って自立(離婚)することを諦めた。

母はいつも現状維持。変化を恐れる。言い訳して行動しないで諦める。前へ進もうとしない。


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母と連絡を絶ってから・・・多分5年ぐらいは経つだろうか。


母はDさんの携帯電話番号を知っている。

だからたまに用事がある時はDさんの携帯にショートメールが送られてくる。

母は私の電話番号もメールも知らない。


母はなぜ、私が母に何も告げずに電話番号をかえメールアドレスをかえたのか、聞いてこない。

Dさんにだって聞けたはず。手紙だって送ってこれたはず。なのに、これまでそうしてこなかった。


いつもそう。私には、そう。ずっとそう。

「どうしたの?」「何があったの?」って聞いてくれない。

私と向き合おうとしてくれない。

私に興味がないから、たまにDさんに自分の伝えたいことを連絡してくるだけ。

何事もなかったかのように。


私の気持ちなんてどうでもいいから、あったことをなかったことにする。

見て見ぬふりをする。

子供の頃からそれがとてもつらかった。


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Dさんのショートメールに母から、「父ががんになった」と連絡があった。

ステージ3だ、と。

余命についても記されていた。


父と連絡を絶ってからこれまでずっと会うつもりはなかったのに。

一瞬気持ちが揺らいだ。


あの父親が、後数年で・・・・・・・


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良い思い出なんて一つもない。

怒鳴られるのも、殴られるのも、人格否定されるのも嫌だった。

中学生の頃、お風呂の中にまで入ってきて箒を持ってきて殴られた。

実家に遊びに来た友達にまで文句を言われた。

お前がすることはいつも間違っていると否定され続けてきた。

小さい頃からずっと両親に離婚してほしいと思っていた。

大嫌いな父親。



私は本当に、もう会わなくて良いのだろうか。



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